2024.08.06 upload
中野ミホ インタビュー
かなりスローペースではあるんですけど、自分たち3人にしかできない音楽だなと、そこの自信みたいなものはあります
――中野ミホ
中野ミホ(vo&ba&gt)が初のフルアルバム『Tree』を2024年7月31日にリリースした。バンドセットのメンバーであるRomantic(pf&key&gt)、サトウミノル(ds)とともに作り上げた本作は、ライブであたためてきたナンバーを軸に、1曲1曲じっくりとアレンジを練り上げて完成させたそうだ。映像を呼び起こす歌とサウンドは、より短編映画のごとき色合いを深めているが、楽曲のもつ物語は聴き手にその先を委ねるような余白を残している。本格的にソロ活動を開始して3年目に突入した現在。「やっと3人の音楽になってきた」と語る中野ミホに、アルバムのこと、バンドのことなどじっくり訊いた。
●取材・文=秋元美乃/森内淳
―― 初のアルバムということで、イメージというか、具体的な構想はあったんですか?
中野 2022年に出した最初の『Breath』というアルバムは、けっこう自分たちだけで作ったというか、ミックスも安田くん(Romantic)がやっていたり、音もかなりナチュラルでDIYに近い感覚で作ったんですね。でももっとしっかりというか、もっと太い感じにしてみたいという話を3人でしていて。録り方も前回とは違う感じでやりましたね。
―― だからなのか、3人なはずのに曲の後ろにオーケストラがいるような聴き心地のある曲もあって。
中野 それは嬉しいです。
―― じゃあサウンドは3人でかなり練って1曲ずつ仕上げていった感じなんですね。
中野 そうですね。曲自体は『Breath』を出したときからいろいろ作っていて、ライブをしながらあたためていた感じでした。で、今までは、歌以外は「せーの」で録ったりしていたんですけど、今回はみんなバラバラに録音して、クリックを聴いたりカチッと決めてからレコーディングしました。前よりはカッチリしたものが作りたいというのがあったので、そういう感じが出せたかなと思います。
―― 曲の骨組みはミホさんが作っているんですよね。そこからどんな作業で曲調が変化していったんでしょうか。
中野 安田くんが、曲によっては「和音のコードを変えちゃおう」とかわりと大胆な提案をしてくれるので、「じゃあ1回それでやってみよう」という感じでしたね。ドラムのミノルさんも大胆な提案をしてくれることもあるので、3人であーでもないこーでもない、と。あと、私と安田くんは一緒にやり始めた頃から言葉のイメージで曲を話し合うことが多くて。たとえば「あの曲っぽいよね」というよりは、「札幌の秋の北大っぽいよね」とか「これはあそこの駅の秋の感じだよね」とか、ふたりの共通の風景で曲の景色をなんとなく話すことが多かったんです。他の人が聞いたら「え?」ってなると思うんですけど、私はそれがやりやすくて面白いなと思っていて。それを今回は意図的にちゃんと話して「このイメージでやってみよう」みたいに話をしてから音を作ったり、3人で共有できたので、曲ごとにムードがはっきりしているのはあると思います。
―― ミホさんと安田くんが北海道出身ということで、そういう原風景を共有できる空気感があるんですね。
中野 意識はせずともあると思いますね。
―― ソロになった初期の頃からの曲もありますが、歌詞的なところをみると、今回の8曲は全体的に少し切ない印象の歌が多い気がしました。
中野 そうですね。歌詞は昔から、そのときの個人的なことや起きた出来事がそのまま反映されているので、こういう曲を書いてやろうみたいなものはなくて。でも、今回は「ひとり」という部分が強く出たかなとは思います。ひとりでいる時間とか、結局はひとり、というか。悪い意味ではなく「ひとりとしての私」みたいなものは濃く出たかなって。 “Tree=木”というタイトルにもつながるんですけど、木が1本立っていて、自分が木みたいなイメージで『Tree』と付けたんです。
―― 『Tree』はそういうイメージのタイトルなんですね。木の幹があって、そこから伸びる枝葉のような曲たちを集めたのかな、とかいろいろ想像していました。
中野 言われてみるとそうですね。各曲のムードは違えど、根底にあるのは自分の幹でありバンドの土台でもあるので。あと、実家とかに帰って家のまわりの木を見ると落ち着くのもあるし、明るい昼間と寒い夜とでは全然表情は違うけど、その木はずっとそこにあって見守ってくれるような包容力もありつつ、ときには厳しさもありつつ。憧れるというかかっこいいなと思うんです。それで、ひとり自立した自分と重ねたくなったというか。
―― たしかに。どんな天気でもそこに根を張って。
中野 そうですね。凛としたイメージで。
―― 本格的にソロ活動をはじめて3年目に入りますが、いまどんな手応えがありますか?
中野 とりあえずはじめてみるかとスタートしたんですけど、かなりペースもゆっくりではあるんですけど、自分たち3人にしかできない音楽だなと、そこの自信みたいなものはあって。よくジャズっぽいと言われることもあるんですけど、誰もジャズ畑の人ではないし、みんなばりばりロックをやってきた人なんですよね。
―― たしかにそうですね。
中野 ジャズを聴くのは好きだけど、誰もジャズの理論ができるわけでもないので、ロックをやってきた人がこの編成でジャズっぽい感じになるという、逆にそこの面白さというか。そこに正解とかはないから。絶妙なバランス感とか北海道っぽさというのがまざって、やっと3人の音楽になってきたのかなっていうところですかね、かなりスローペースですけど。
―― 誰もジャズの人ではないのに、面白いですね。
中野 ムードが一番大事というか。ムード頼みというか(笑)。
―― ムードといえば、ミホさんの曲は1曲ごとに映像が浮かぶような楽曲になっていますが、最近映画関係の仕事も増えてますよね。そのあたりは曲作りに影響を受けたりしますか?
中野 映画は本当にもう、ただただ好きなんです。だから実際に関われることも増えてすごく嬉しいです。曲を聴いて「短編映画みたいだね」っておっしゃってくださる方もいるので、結果、自分の好きなものが自分の音楽に反映されているんだなと思います。もっと映画に関われたら嬉しいですし、自分にとっていいことだなって思います。
―― 曲作りのときは、シネマティックな曲調にしたい、というような意識は持っているんですか?
中野 さっきの話にもつながるんですけど(曲に)景色とか色とかはあるんですよね。自分の実体験が絶対にあって。たとえば「あのときの雨が降っていた日の夜なんだよな」とか「これはこの色っぽいんだよな」とか。そうすると安田くんが、「これって雨? 晴れ?」とか「これは何色?」みたいに普通に訊いてくれるので、「これは晴れてるよ」とか「この主人公はこういう気持ちだよ」というのをすぐに言えるくらいは具体性はあるというか。なので、そういう点でいうと、映像的なイメージはつねにあるのかもしれないですね。映画のポスターを見せて「こういう感じ」って伝えたこともありますし。
―― 1曲目の「YETI」はリード曲になりましたね。
中野 これは2022年に前のアルバムを出した直後くらいに作った曲ですね。「オートバイ」と「YETI」が2022年からライブでガンガンやってきた曲ですね。
―― どの曲にもやっぱり景色は色濃く出てますね。
中野 冬が多めですけど。この真夏に(笑)。
―― 具体的な物語はシンプルに描かれるけど、映像でつなげて、そこからリスナーが物語を紡ぐような聴き心地があるというか。
中野 そうですね。直接的な気持ちをバンと出すというより、曲の中にスッと入れる感じを半分意識したところはあります。
―― それがソロ作品の特徴にもなっていますよね。
中野 そうだと思います。
―― 映像的、映画的といっても、単館映画の感触があって。
中野 たしかに、大作ではない(笑)。
―― セリフで説明するような作品ではないというか。余白がある楽曲ですよね。
中野 そうですね。歌い方も、Drop'sの頃はガーッと「自分だぜ」みたいにいくこともあって。でもそれがだんだんと変わって、今回は安田くんともわりと相談したりして。私がもうちょっとガーッといきたいなと思っても「ここはあえて抑えてみよう」みたいな。そういうふうに試してみて、ハマったらそれでいくという感じでした。感情でいくよりも細かく抑圧の方向で。
―― ミホさん的にはストイックすぎるな、という感じはなかったんでしょうか?
中野 正直、時々ありました(笑)。でもライブでは、いきたいところはガッといくし、やっぱりエモーショナルな部分ももちろん大事にしたいし、そういう音楽が好きなので。でも、電車や車で移動するときに“ながら聴き”できるような感触を残しておいた方がいいという安田くんの意見もよくわかったんですよね。自分でも、集中して音楽だけを聴く時間って減ってるのかもしれないし、どんな場面でもスッと入ってくる音楽にしよう、という。そのあたりはだいぶ意見を言い合いましたね(笑)。
―― そうなんですね(笑)。
中野 ライトになりすぎるのはいやだし、泥臭さとか真に迫る部分は絶対にほしいということは伝えて。でも若い人やはじめて聴く人、友達といるときにも聴けるような、いい意味での軽さも必要なんじゃない?って。
―― そういうやり取りをミノルさんはどう見てるんですか?
中野 ミノルさんは見守っていてくれる感じですね。「無理に時代に迎合する必要はないよね」って。安田くんと私があーだこーだ言い合っているのを見守って、最後に締めてくれる存在です。「いろいろ喋ってるけど、一回演奏してみようよ」と。それで音を出していくうちにまとまっていくというか。
―― 楽曲の本質的な部分は変えられないですからね。
中野 そうですね。結局は私が作っているし私の歌詞だし、というところがありつつ、安田くんの言う「みんなに聴いてほしいから」っていう部分もすごくわかるなって。アレンジ、ミックス、マスタリングとか、かなり話しましたね。
―― なるほど。もともとミホさんの作る曲はライトな感じではないですもんね。
中野 自分でも重いなーとは思うんですけど(笑)。でも、結果としてずっしりしたというか、わりとロック的な音が出たものになったんじゃないかなとは思います。
―― ソロをはじめるときに、歌の部分も重きを置いてやってみたいと話していましたが、丸2年経って、シンガーとしての自分の手応えはいかがでしょう。
中野 さっきの話とも重なるんですけど、どんどんフラットになってきている気がします。変に凝り固まったこだわりは20代の頃よりもなくなっていて、自分の曲は自分の言葉そのままで書いているし、それが一番伝わりやすい手段だということを考えられるようになったというか。前は、そのときの自分の感情が100%のっていないとイヤだという頑固さがあって。今は曲の良さやムードとか全体をみて、その柱として歌がある、と思うようになったんです。だから曲によって変わっていいし、ガッといくときはいけばいいし、抑揚の意味がわかるようになったのかなって。
―― たしかに。声を張って叫べばエモーショナルなわけでもないし、逆にぐっと抑えたからこそ伝わる感情がありますね。
中野 前回『Breath』というタイトルをつけて、気持ちよさとか呼吸みたいなところを大事にしたんですけど、そこは変わらずに、幅があるがゆえにわかる機微、みたいなところを細かく歌うのが楽しい。そこを共有しているからこそ出せる音を目指したいし、そこに3人で行けたらいいなと思いますね。
―― 今回の8曲のなかで、とくに難航した曲、とくにスムーズにいった曲はありますか?
中野 「オートバイ」は苦労した印象がないかな。音数もめちゃくちゃ少ないし、“オートバイ”という言葉がドンとあって、演奏もみんなゆったりして、すんなりいきました。難航したのは……3曲目の「家」は、この2〜3年はずっと「?」マークが続いていて。最初は普通にBメロ、サビとかあって2番まであったんですけどなんかしっくりこなくて。でもメロディはいいからやりたいよねって言いながら演奏していました。難航しましたね。もしかしたら、今後も変わっていくかも(笑)。
―― 今のバンド形態はすごくバンド感がある3人ですよね。でもあえてソロ名義にしているこだわりというのはあるんでしょうか。
中野 そうですね。たとえばもうひとり増やすとかあってもいいなと思ったり、バンドになってもいいとは思ってはいるんですけど。ライブももっとバンドでやっていきたいし。
―― そこをソロ名義でやっているのは、ミホさんが責任をとるという覚悟があるということですよね。
中野 やるしかないなって(笑)。でも意見が割れたときには「これは私のソロだから」って言える面はありますね(笑)。
―― ははははは。たしかに(笑)。
中野 そんな札を出すタイミングはあまりないですけど、心の中では思ってる(笑)。
―― あと、今回もアートワークのビジュアルがとてもいいですよね。何かコンセプトがあったんですか?
中野 ありがとうございます。これは昨年『TAPES』を作ったときに着ていた銀のドレスを作ってくれた人がいて、彼にアートワークを全部お願いしたんです。服や美術をやっている人で。『Breath』はナチュラルな感じで服も自分の素に近い柔らかいところでまとめたんですけど、今回の『Tree』は「YETI」をはじめとした、わりと寒色系というか硬いイメージが前より強くて、一本芯のある女性像というか、強いところもほしいなと思って。今まで自分がやらなかった感じにしたいなと。でもそういうのって自分のなかから出てこないので、客観的に見てくれる方にお任せしてみました。
―― 100%お任せだったんですか?
中野 そうです。もちろん作品のイメージは伝えつつ。たとえば「YETI」だったら「こういう映画を見てイメージを膨らませた」とか、自分の思う景色を共有して、その上で洋服やメイクさんを決めたり、カメラマンさんを決めたり。
―― 写真の色合いも変わってますよね。
中野 普通のフィルムじゃないみたいですね。色が入るフィルムらしくて。
―― めちゃめちゃ素敵です。
中野 ちょっと攻めたなーと思うんですけど、良かった。嬉しい。やっぱり、かっこよさとか、自分にないところを引き出してもらえるのは、自分にとっても新たな発見があるし楽しかったですね。
―― また9月にはバンドセットのワンマンツアーがありますね。ライブは感情がのってまた違う風景が見られると思うので楽しみです。
中野 前のアルバムからもやるんですけど、それと新しいアルバムの曲を、今のムードで解釈し直して混ぜ合わせたら面白いかなって思っていますね。今の3人で演奏するのが楽しみです。
―― 弾き語りのライブもありますね。
中野 弾き語りもけっこうやっていますね。あと今年は「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2024 in EZO」の「WEEKEND LOVERS 2024 “with You”」と「オハラ☆ブレイク'24 愛でぬりつぶせ」のチバさんのトリビュートのステージにも出させていただくので、緊張しますが頑張ります。
© 2024 DONUT
INFORMATION
1stフルアルバム『Tree』
2024年7月31日リリース
収録曲:01.YETI/02.yellow/03.家/04.よふね/05.Sand/06.りんご/07.ice town/08.オートバイ
※ライブ会場での販売と、中野ミホOfficial WebshopにてCD通販開始
https://nakanomihoshop.stores.jp/
※各種ダウンロード・ストリーミングサービスにて配信開始
download/streaming :https://friendship.lnk.to/Tree_nakanomiho
配信シングル「YETI」
2024年7月10日リリース
収録曲:01.YETI
LIVE
中野ミホ Bandset Oneman Tour 「Tree」
2024年
9月20日(金)渋谷7th floor
9月23日(月・祝)梅田ムジカジャポニカ
9月27日(金)札幌 ZIPPY HALL
■ライブは諸事情により変更になる場合もあります。必ず公式サイトで最新情報を確認してください。またイベント情報なども公式サイトでご確認ください。
公式サイト:nakanomiho.tumblr.com
公式X:https://x.com/miho_doronco12