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2022.08.16 upload

中野ミホ インタビュー

本当に自分が気持ちいい音を出したいっていう気持ちがすごく強くなってきて。それはガッといく音楽というより、引いた中にある自分の抑揚だったりリズムだったり、そういうことだと思うんです
――中野ミホ

昨年10月より活動休止中のDrop’sのボーカル・中野ミホが初のソロ作品「Breath」を完成させた。彼女の弾き語りライブを見たことのある方はイメージがつくかもしれないが、中野ミホが新たに生み出すサウンドは何にもとらわれない自由さに満ちている。ことライブではそのさまが一層顕著になり、ジャジーな展開もはらむその音楽は波のように形を変え、枝葉のように伸びゆくリズムを刻み出す。スリリングでもあり、ドラマチックでもある、まるで映画音楽のような聴き心地。そのサウンドの中で歌う中野ミホの気持ち良さそうな歌声といったら感動ものだ。この作品ではピアノ&ギターにRomantic(ロマンチック☆安田)、ドラムにサトウミノルを迎え、中野は歌とベース&ギター&トイピアノを担当。なんと今回、イチからベースに挑戦したという。現時点でのライブもギターレスの編成で行っており、これがとてもユニークで面白く、かっこいいのでぜひ一度、ステージを見てほしいと切に思う。素直に身体から喜べる音楽に向き合うことで、表現者として新たな扉を開いた中野ミホにたっぷりと話を訊いた。

●取材・文=秋元美乃/森内淳

―― Drop'sでも多彩な曲調を展開していましたが、ソロ作品を作るにあたり、こういうイメージで臨みたいな、というのはありましたか?

中野ミホ コロナ前からDrop'sのみんなで今後の活動について話し合いを重ねる中で、そのときくらいから自分の中ではDrop'sでやっていることに対する違和感というか、なんとなくもう少しやりようがあるんじゃないかな、という気持ちがあったんです。バンドをやっていく中で、自分の好きな音楽もどんどん変わってきていたのに、自分が本当に聴きたい音楽だったり、自分が素直に身体から喜べる音楽というか、それにあまり向き合っていない期間があったというか。悪く言うと、流れとか成り行きというか、ちょっと惰性でやってしまっている部分があるような気がしていて。そこが引っかかっていたので、いろいろ考えて、バンドであるとかソロであるとか、そういうことを一回置いておいて、自分が本当にやりたい・聴きたい音楽ってなんだろうと考えたんです。ちょうどコロナ禍でもあり、本当に自分が気持ちいい音を出したいっていう気持ちがすごく強くなってきて。それはガッといく音楽というより、引いた中にある自分の抑揚だったりリズムだったりとか、具体的に言うとそういうことだと思うんですけど。

―― 音楽の嗜好性が今までやってきたバンドサウンドとはズレが生じてきたわけですね?

中野 もちろんガッといく音楽も大好きなんですけど、そういうアルバムの中でも1曲だけ入っているバラードが一番好きだったりということが昔からよくあって。もともとロックバンドの持っているメロウな部分に自分はすごく惹かれていたところがあったのかな、と思ったり、好きなミュージシャンをあげたときにまずトム・ウェイツだったりニック・ドレイクだったり、そういうひとクセあるけどなんか切なくて、ナチュラルな響きを持った人が浮かんだり。あとは、弾き語りで小さい声で歌って大きい声で歌うみたいな、その抑揚が気持ちいいな、っていうのがあって。そういう繊細な演奏を弾き語りではなく、もっと広げていけないかな、と思っていた部分がありました。

―― 音楽活動をやっていく中で、そういう部分に気づいていった、と。

中野 Drop's以外でもイマイアキノブさんと演奏する機会も度々あって。そこで気づくことも多かったですね。

―― 聴く音楽と表現する音楽を区別するミュージシャンの方もいらっしゃいますが、インプットしたものをそのまま出したいという気持ちの流れが強くなったんですね。

中野 そうですね。今まであまりそんなことはなかったんですけど、自分が出している音を家で自分が聴けるかな、と思ったら、だんだんちょっと疑問が出てきたり。コロナで世の中の流れが止まったことによって、その前から思っていたことではあったけど、ここで向き合ってみないともうこういう機会もないだろうとも思って、自分がやりたい音楽と向き合ってみました。

―― 聴く人によってはソロ作品はDrop'sとは随分違うイメージになりました。そこの方向転換は潔く感じます。

中野 今回ピアノを弾いてくれている安田くん(Romantic/ロマンチック☆安田)とは10年以上の知り合いなんですけど、Drop'sのアルバムにピアノで参加してもらったりもしていて、交流は続いていたんですね。で、コロナが始まった頃にリモートで曲を作ろうか、みたいな話になって。私は元々ピアノの音がすごく好きで、Drop'sも鍵盤がいたときもあったんですけど、いつかピアニストと一緒にやりたいなというのがあったんです。安田くんが弾く鍵盤がすごく好きだったし、音楽のことを話していても楽しいし、音楽の趣味も合うし、今回、一緒にやってみたいな、と。今作にも安田くんが作った曲が2曲入ってるんですけど。そこから始まった感じですね。

―― 自分で新しい音楽を作ろうとなったときに、すぐに安田さんが浮かんできたわけですね。

中野 弾き語りで一人でやっていこうかとも考えたんですけど、私が一人でやると曲の感じとかはそんなに変わらなかったり、一人のアコギ演奏だと限界があるな、っていうこともなんとなくわかってはいて。でも、新しいことをしたいけどどうしよう、と思っていたときに音楽に詳しい安田くんが現れたので、一緒にやってみるのはいいんじゃないかな、と思ってとりあえず音を出してみよう、って。それがすごく感触がよかったので、手伝ってもらうことにしました。本当にいろいろなタイミングが合ったんですよね。

―― 中野さんがベースを弾いて歌うというのも驚きでした。前からベースを弾きたいと思っていたんですか?

中野 全然そういうわけではないんですけど(笑)。最初は私がギターを弾いて安田くんがピアノでやってたんですけど、なんか普通だよね、って。別に普通でもいいと思うんですけど(笑)、踊れる音楽が2人とも好きなので、なんかちょっと足りないよね、ゆくゆくはドラムも入れたいね、みたいな話にもなって。私はドラムだったら絶対にサトウミノルさんがよかったので、ドラムはミノルさんにお願いしました。で、じゃあベースはどうしよう、となって。betcover!!の(ヤナセ)ジロウくんがベースが上手なので、最初はジロウくんがベースを弾いてスタジオに入ったりもしたんですけど、ジロウくんはけっこう忙しかったりもしたので「じゃあもうミホちゃん、ベースを弾けば?」ということに。この際もう何でもありだな、と思って(笑)、ベースを買って練習しました。

―― え、イチから始めたんですか?

中野 イチから始めました(笑)。

―― レコーディングは大変だったんじゃないですか?

中野 去年の3月くらいにベースを買って、今年の2月にレコーディングしたんですけど、ベースラインはけっこう安田くんが考えてくれたんですね。でも、こんなの弾けないわ、っていう難しいのを与えてきたりして(笑)。ミノルさんは歌に合わせてドラムを叩いてくれるので、すごく歌いやすくて気持ちいいんです。けど、そこでベースが足を引っ張っちゃ駄目だなって、けっこうプレッシャーがあったので、絶対に弾けるようになろうと思ってかなり練習しました。苦労したのはそれくらいで、あとはもう「楽しい」と思いながらやってました(笑)。

―― 結果、ギターレスというスタイルになりました。3人で集まったときにギターが欲しいな、ということにもなりませんでしたか?

中野 ならなかったですね。自分の歌のリズムについてすごく考えてる時期でもあったから、自分がベースを弾けば下手くそでもリズムは上手くいくんじゃないか、みたいなところがあって。そうやって歌がうたえればいいというのがあったので、成り行きではあったんですけど、ピアノがあればギターは今はとりあえずはいいかな、という気持ちにはなってましたね。

―― この作品もそうですが、ライブも、このギターレスのバンドがすごく面白いですよね。

中野 最初は本当にただ気持ちよくなりたい、というだけだったんですけど、安田くんと話をしていくうちに、中野ミホの今までをそのまま出しても面白くないというか、やっぱり何か欲しいという気持ちがあって。安田くんのアイデアやミノルさんのドラムは私にとっては特別で、本当に気持ちいいんです。それでアレンジも3人でやったんですけど、そこでは何でもあり。今まで自分の型にけっこうハマってたんだな、っていうことはすごく感じました。

―― 中野さん自身、そういう変化を求めていたところはありますか?

中野 今まではギターがいてベースがいて、AメロがありBメロがありギターソロがありっていうスタイルを美しいとも思っていたし、だけど、そこにはまり込んでいたところがあったと思うんです。私、最近の洋楽はあまり聴いてこなかったんですけど、安田くんに教えてもらって最近の洋楽を聴いたり、グルーヴについてもいっぱい考えたり話をしたりして。その刺激が大きいと思いますね。歌はうたいたいし歌詞も書きたいし。でも何か違うことをしたい、何か新しいことをしたい、という気持ちが漠然とあって、そこから2人が私をすくい上げてくれたというか。

―― そういう意味でも、今作はソロ名義ですが、実はバンドなんですよね。

中野 そうですね(笑)。私が弾き語りで曲を持っていったとしても、今まではそれをそのままやったり、私がこうしようかと言ってたところもあったけど、今回は安田くんのコードからこうした方がいいんじゃない?って言って変えていったりとか、ミノルさんのリズムはすごくいろんな繰り出し方をしてくれて。本当に2人とも引き出しがたくさんあって、3人でアレンジをして、録音もミックスも3人で全部やった感じですね。

―― 歌詞の面では、言葉の紡ぎ方が変わったり、そういう変化はありましたか?

中野 歌詞はあまり変わってなくて、そのときそのときの自分の日記というか、その場で見た風景とか、そのときのことをそのまま残したいというのは変わらずにあります。歌唱に関してはいい意味で力があまり入っていないというか、力の抜けた感じ、ナチュラルな感じにはなったな、とは思っていて。それが今までとは違って、気に入っていますね。

―― ある意味、気負って歌わなくてもいいという感じは伝わってきました。

中野 レコーディングを自分たちでやったのも初めてで。スタジオを借りたりエンジニアさんをお願いしたり。恥ずかしいですけど、この歳になって初めてすべてを自分たちでやっていくというか、それが楽しくもあった。自分がやるぞ、となったら、いろんな人が協力するよ、って言ってくれて。そういう空気感とかも作品に表れていると思いますね。

―― いい環境で歌えていたんですね。

中野 協力してくれた人がいたからこそ、のびのび歌えたというか、辛いっていう感じではなく、すごく楽しく制作できたなっていうのが全体にあると思いますね。

―― この編成になったことで曲の作り方が変わった部分というのはありますか?

中野 このアルバムに入っている曲はけっこう前から一人で作っていた曲で、私が持っていってみんなでアレンジしてっていう感じなんですけど、今後はあの3人で演奏するということが自分の曲作りに影響してくるとは思います。編成がちょっと不思議なので、できることが限られてはいるんですけど、その限られていることが逆に面白いというか。ベースをめちゃくちゃ歪ませようかな、とか、ミノルさんがこんなのを叩いたら絶対かっこいいだろうな、とか、普通じゃないことをやってやろう、みたいな想像が膨らむので、もっといろんな曲を作りたくなるだろうし、作ると思います。

―― 今作はタイトルの『Breath』が示す通り息遣いから始まる「My friend」という、別れを思わせるような歌で始まって、雨があがって、ちょっと電源を切って、朝が来て、時が経って、また夜が来て、というような、本当に流れるような映像が浮かぶというか。この6曲の流れも素晴らしいなと思ったんですが、曲順とかも意識しましたか?

中野 1曲目の「My friend」は安田くんが作った曲なんですけど、これは最初は入れるつもりはなくて5曲にしよう、と言ってたんです。でも録音したスタジオが山中湖の方にあって、天井が高くてピアノとドラムを一部屋にどんと入れて、一緒に録るという方法で。6曲全部そうなんですけど、ピアノとドラムを一緒に録って臨場感のあるスタジオ・ワークだったので、ミノルさんが「My friend」はすごくいいから、ついでに録っちゃおうよ、と言ってくださって、録る予定はなかったんですけど、この曲は歌もその場で、せーので全員一緒に録りました。だからちょっと粗いところとか最後が合ってなかったりもするんですけど、それも含めて、これはこれでいいよね、って、そのテイクをそのまま活かしたんですよ。これが1曲目というのはみんなの中であったと思います。あと、最後は「Mabataki」で終わるという。それくらいですかね。でも、そうやって曲の流れを言っていただけると、たしかに「そうか」とも思ったりして。

―― ということはピアノとドラムのどちらかが気に入らないテイクだったりすると、どちらか一方が相手の意見をねじ伏せるわけですね(笑)。

中野 そうです、そうです(笑)。音がかぶっちゃうんで直せないんですよ。でもだいたい1テイク目を採用していた気がします。私が「ベースをあまり上手く弾けなかったから、もう一回やりたいな」と言っても、2人が「今のが一番でしょ」ってなって、「じゃあそれでいいです」みたいなこともありました(笑)。

―― なるほど(笑)。このバンドはライブ感というかインプロビゼーションじゃないですけど、ちょっとジャズっぽいアプローチに面白さがあるから、そうやって録った「My friend」を1曲目に持ってきたのはバンドの魅力を象徴していて、よかったかもしれませんね。

中野 ミノルさんもどの曲も毎回フィルが違っていたりするタイプの人ですし、そこは空気感というか面白さでいこう、みたいな(笑)。

―― 例えば「不思議なぼくら」や「Good morning to you」はオーソドックスにやると楽しいロックンロールな曲なんですけど、この編成でやると、違った面白さが加わりますよね。

中野 最初は普通の曲だったんですけど、やっていくうちにこういうふうになったので、面白いですよね。なんか「不思議なぼくら」とかはライブでも毎回テンポがちょっとずつ違ってて(笑)。

―― それは面白いですね(笑)。

中野 「今日はこういう感じなんだ? じゃあ今日はそういう感じでやってみよう」って思う。それはそれですごい楽しいっていうところまで、最近ようやくたどり着きました。ベースを弾き始めたばっかりのときはついていくのが大変だったんですけど(笑)。最近はやっと演奏を楽しめるようになってきましたね。

―― その感じがこの作品には入っていて、新たな出発にふさわしい、今までの中野さんとは違う、すごく新しいことをやっているんだな、と思いました。

中野 渋すぎるんじゃないかってちょっと不安になってたんですけど。

―― いやいや、そんなことないですよ。「不思議なぼくら」でも歌ってますけど、好きな踊り方でいいんだよ、という。それが中野さんが自分自身に言っているようなメッセージでもあり、みんなに好きな踊り方でいいんだよ、と言ってくれてるようでもあり、1枚目にぴったりの作品だと思います。

中野 ありがとうございます。自分の作品をずっと聴いているんです。今まではそういうことはなかったんですけど、けっこう飽きないな、と思いながら聴けているというのが自分でもすごく嬉しいです。

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中野ミホ「まほうの映画館2」連載中!

INFORMATION


1stEP『Breath』
2022年8月17日(水)リリース
収録曲:01.My friend/02.不思議なぼくら/03.電源/04.Good morning to you/05.ハウ・アー・ユー/06.Mabataki
販売サイト:https://nakanomihoshop.stores.jp/

LIVE INFORMATION

中野ミホ ワンマンツアー「Breath」
2022年
9月3日(土)札幌 SOUND CRUE
9月18日(日)心斎橋 歌う魚
9月24日(土)下北沢 440

ライブ情報は変更になる場合があります。必ず公式サイトをご確認ください。
https://nakanomiho.tumblr.com

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