
2026.03.02 upload
近藤智洋 AL『友だちの歌』・還暦感謝祭 インタビュー
ここ10年くらいで「友だちの歌」が自然に増えてきて、そういう曲を集めたらこのアルバムになりました
―― 近藤智洋
2026年3月18日、近藤智洋が還暦を迎える。同日にはおよそ10年ぶりにザ・バンディッツ・リベレーションと共にレコーディングを行ったソロアルバム『友だちの歌』をリリースする。今回の作品はこの10年の間、ソロのライブで披露してきた楽曲を集めて制作された。ポジティブなロックナンバーや楽しさを凝縮したポップナンバーも収録しながら、多くの楽曲は友だちや家族とのことを歌った内容になっている。歳を重ねるごとに変わっていく友だちや家族や日常の光景が情感豊かに描かれている。近藤智洋は、このアルバムのリリース日に三軒茶屋グレープフルーツムーンで自らのキャリアを総括する弾き語りのライブを行う。夕方の5時から始め、夜の10時まで、5時間にわたり60曲近くを歌うという。3月21日にはエレクトリック編と題して、下北沢QUEでバンド編成のライブを行う。出演はバンディッツに加え、my funny hitchhiker、そして元PEALOUTの岡崎善郎と高橋浩司が出演。PEALOUTの曲を演奏する。過去を振り返らない近藤智洋の性格を知っているファンの間からは驚きの声が上がっている。ニューアルバム『友だちの歌』、そしてこの還暦イベントのことについて、還暦目前の近藤智洋に訊いた。
●取材=秋元美乃/森内淳
友だちや家族や仲間や、いろんな人に支えられてきたなあ、と思って
アルバムのタイトルも『友だちの歌』にしようと思いました
―― 今回は『友だちの歌』というタイトルで、収録曲も友だちのことを歌った曲がたくさん入っているんですが、近藤さんが還暦を迎えるという年齢的な要素が大きいんですか?
そうですね。去年、高校2年生のときの友だちが集まって還暦同窓会をやったんですよ。3月にも高校の別の同窓会があって、みたいな。この歳になると、そういう機会が増えるじゃないですか。なかなか会えなかった友だちに会ったりするなかで必然的にそういう歌が増えたんですよね。
―― それで、このテーマでアルバムを1枚作ってみようと考えたんですね。
いや、そうは考えてなかったんですよ。そういう歌が自然に増えてきて、そういう曲を集めたらこのアルバムになったという感じなんですよね。
―― 還暦を迎える近藤さんの人生を1枚にしようとしたわけではないんですね。
作る時は、そこまでの意識はなかったですね。結果的にそういう曲が増えたというだけで。例えば1曲目の「家族」は、親がいなくなって、実家を処分して、みたいなことがコロナのときにあったので、そのときに書いたんです。5曲目の「友だちの歌」は鹿児島に行ったときに必ず見に来てくれる男の子がいて。無口で何も喋らないんだけど、ものすごく俺の歌が好きで。コーヒー屋さんをやっていて、そこにコーヒーを飲みに行くと、必ず俺のビデオが流れていたんです。普段は無口で何も言わないんだけど、ポツポツ喋りだすと熱いことを言ってくれて、その子にいっぱい力をもらったんですね。で、久しぶりに鹿児島に行ったときに、その子が亡くなったという話を聞いて。最初、それが自分のなかで消化できなかったんだけど、それから2年くらい経ってからかな、この曲を書いたんです。「ある夜の話」も大学の同級生の娘さんが亡くなってたことを知って、その友達と会ったことをきっかけに、この曲を書きました。ここ10年くらいで、自然とそういう歌が増えたんですよね。だからテーマを掲げて曲を作ったわけではなくて、そういう曲をレコーディングする際に、友だちや家族や仲間や、いろんな人に支えられてきたなあ、と思って、それで、アルバムのタイトルも『友だちの歌』にしようと思いました。
―― 近藤さんの近年の楽曲をまとめたアルバムという捉え方が正しいんですね。
今までの10数年のなかでのベストを選んだ感じですね。ですから、けっこう古い曲もあるんですよね。最近の曲ばかりではないんですよ。この10年間くらいのベスト盤みたいな感じになってるから、ある意味、悔いなく作れたと思うんです。バンディッツ(ザ・バンディッツ・リベレーション)でできるベストなものを残したい、という思いもありましたし。
―― ザ・バンディッツ・リベレーションでレコーディングをするのも久しぶりですよね。
バンディッツで録るのは10年ぶりでしたね。この先を考えると、「ソロのレコーディングを何回できるんだろう?」というのもあるし。「これが近藤智洋名義の最後のアルバムになってもいいかな」というくらいのアルバムにはなったとは思っていますね。まあ、作りたい作品がある以上、今後も作りますけどね(笑)。
―― たしかに最後の「ケセラセラ」も人生を回顧するような曲ではないですよね。最後にこの曲が収まったところが、すごく希望が見えてよかったと思います。
この曲だけ、まだ1回もライブでやったことがないんですよ。11曲目まではライブとかでけっこうやっているので、「アルバムを聴いた人が知らない曲があったほうがいいな」と思って、1曲だけ未発表の曲を入れました。実はこの曲はPEALOUTのときに作った曲で、デモを作っただけでやってはいなかったんだけど、すごく気に入っていて。「この曲に歌詞をつけてやろう」と思って。それで1回、バンディッツのメンバーとスタジオで合わせて、レコーディングしたんです。だから「ケセラセラ」はある意味、自分にとって新曲というか。最後にこの曲を入れられてよかったなあ、と思いますね。だからそう言ってもらえるとありがたいです。
―― レコーディングのときに、例えばこの曲にはこういう背景があるとか、今、言われたような話をバンディッツの皆さんと共有したんですか?
全然、言わなかったです(笑)。歌詞の背景は言ったことがないかもなあ。「この曲は鹿児島に友だちがいて……」という話はしたことがないですね。でも、いざレコーディングすると、ギターの(山田)貴己のフレージングとかも、そういう思いを汲み取った音になっているというか。「意外と歌詞を読んでくれているんだな」みたいには思いました(笑)。
―― 今回も各メンバーがバラバラでレコーディングしたんですか?
本当はみんなでやったほうがいいんでしょうけど、予算的なこともあって、そうしたんですけど。でも、みんな、それぞれが考えてきてくれるから、それぞれがレコーディングした音を組み合わせるとパズルがはまっていきました。
―― それでもバンド感はありますよね。
ライブでやっていた曲がほとんどですからね。みんな、そのグルーヴがわかっているから。
ちょうど1年前、59歳になったときに
体力的にも気力的にもガクッときたんです
―― じゃあもうきわめて順調にアルバム制作は進んだわけですね。
それがね、あれはちょうど1年前かな、59歳になったときに体力的にも気力的にもガクッときちゃって。「来年、還暦のイベントはやらなきゃなあ、ハコをおさえなきゃなあ、アルバムを作らなきゃなあ」と思っていても、なかなかそういう気力がなくて。ライブはやっていたんですけど、いろんなことが面倒くさくなっちゃって。「更年期かなあ」とも思ったりしたんですけど。なかなかアルバムを作るモードにならなかったんです。重い腰をようやく上げて、このアルバムの制作を2025年の夏から始めたんですけど、最初に各メンバーのパートをバラバラに録るじゃないですか。まずドラムとベースを録って、次はパーカッションを録って。それも2週間くらい間が空くんですよ。そういうことを11月くらいまでやっていたんですけど、最初は録った音も全然聴けなかったんです。
―― どうやってその状況を抜け出したんですか?
どんどん音が重なっていくごとにちょっと聴けるようになってきたんです。そうしたら、なんかね、元気になってきたんですよ。気持ちが上がってきたというか。アルバムが完成に近づいていくごとに、自分も「ああしたい、こうしたい」ということが明確になってきて。アルバム作りが加速したというか。音像とかもビジョンで見えてきて。完成したのが12月なんですけど、その辺でギアが上がってきて、「じゃ還暦ライブの詳細も決めるか!」ということになって、このアルバムの制作によって、自分を取り戻せたんですよね。
―― 近藤さんはその間もコンスタントにライブをやっていましたよね。
ライブを毎月入れていたのがよかったんですよね。何もスケジュールを入れていなかったら何もしなかったと思うんですよ。あと、ライブに関しては面倒くさいという思いになったことはないんですよ。ライブはライブハウスに行ってライブをやればいいわけだから。ところがアルバムを出すとなると、いろんな作業があるじゃないですか。資料のために文章を書かなきゃいけないとか。パソコンに向かってやる作業が多くなるから、それを思うと、もう取り掛かりが遅くなっちゃって。だからライブに救われたのもありますよね。ライブを入れててよかったです。ただね、反面、ライブを続けてきたから息切れしたのかもしれないということもあるんですよね。
―― というと?
PEALOUTを解散してからコンスタントに、全部自分でブッキングしてライブをやってきて、さらにマイファニ(my funny hitchhiker)もやって、みたいに、ひとりでいろんなことをやっていたから、それの反動がちょっと来たのかな、とも思うんです。
―― 近藤さんは、いろんなユニットやバンドを同時にやってきましたからね。ちょっと気持ち的に飽和状態になったのかもしれませんね。
そうそう。マルチタスクが急にできなくなっちゃったんです。どれからやっていいのかがわからなくなって、「うわー、面倒くさい。とりあえずやめておこう」って(笑)。「明日、考えよう」って。最低これだけは今日やろうって、本当にやらなきゃならないことだけ今日やって、みたいな。マネージャーやスタッフがいるわけではないから、「ソロのCDってどうやって作っていたっけかなあ」というところから始めなきゃならないんですよ。CDをプレスする会社に連絡して、デザイナーに連絡して、とか。
―― そういったことを乗り越えて『友だちの歌』はできあがったんですね。
そうですね(笑)。物販を作るとか特典を作るとかも、こないだ全部できて。ようやく一段落なんですよ。満足のいくアルバムになったのが一番デカかったですね。
―― メンタル面以外で、今回のレコーディングにおいて苦労したところなどはありますか?
今回は1曲だけピアノの弾き語り(「ある夜の話」)を入れたんですよ。本当は全曲をバンドでやりたいと思っていたんですけど、どうしても「ある夜の話」を入れたくなって。昔からアルバムは45分とか40分前後にしたいなあ、というのがあって。最初は「なんか削らなくちゃいけなくなるなあ」と思っていたんですけど、「やっぱり録ろう!」と思って、最終的には減らさないで全部入れたんですけどね。「どれかを減らそうかなあ」と、けっこう悩んだんだけど、次にいつバンドでソロアルバムが作れるかわからないと思ったら、全部、入れておこうと思って。もういいやって(笑)。
―― バンディッツのメンバーを集めるとなると大変ですからね。
バンドでレコーディングとなるとなかなか大変なんですよね。みんなを集めないといけないし、バンドで曲を増やすとなると、けっこう時間がかかるから。この先、ピアノの弾き語りのアルバムを作ろうと思っているんですよ。というのも、「ある夜の話」は、実家を処分するときに持ってきたアップライトピアノの弾き語りで一発録りをしたんです。それがすごく良くて。エンジニアさんも「ピアノの弾き語りでアルバムを作りたいですね」と言うくらいのものが録れたんです。
―― 新しいアイデアが生まれたわけですね。
結果的にこの曲をアルバムの真ん中に置くことによって、バンドサウンドのなかにピアノの弾き語りが入って、アルバム全体のバランスがとれたのかなあ、とも思います。結果オーライでしたね。
―― ところで、今回のアルバムもすごく聴き心地がいいんですよね。近藤さんがこだわっている音の質感というのがあるんですよね。
基本的にソロはずっと同じエンジニアさんにやってもらっていますね。元々大好きな音を作る人だから、かなり信頼してて、その人以外は考えられないというか。あとは俺が決めるのは曲の定位ですね。定位というのは楽器をどこに配分して、ギターの音を右から出すとか左から出すとか、そういうことですよね。そこはすごくこだわりがあるから、それを俺が全部まとめてエンジニアさんに伝えて、「あとは好きにやってください」とやってもらってて。それが、音の質感に繋がってるかと思います。
再結成はしたくないんですよ
演奏するのはPEALOUTの曲なんですけど(笑)
―― 3月18日にこの作品がリリースされて、同日に三軒茶屋のグレープフルーツムーンでアコースティックライブをやって、21日に下北沢QUEでエレクトリック編と題してイベントをやります。
18日のグレフルでは、本当は18時スタートで24時くらいまでやろうと思っていたんです。ところが22時に音締めと言われて、17時スタートにして22時まで5時間やろうと思っています。
―― 5時間ですか!?
元々「この日は60曲近く歌いますよ」とは言っていたんです。60曲歌うには5分に1曲歌わないといけないから、たぶん無理なんですけど(笑)。ギリギリ歌えるだけ22時まで歌います。
―― お客さんも気合いを入れないと駄目ですね(笑)。しかも平日だし。
そうなんですよ。うちの階下に住んでいる、仲良くさせてもらっているご夫婦に「3月18日の近藤さんの還暦ライブに行こうと思うんですけど、チケットはどうしたらいいんですか?」と訊かれたんです。でも、「3月18日は弾き語りで5時間くらいやるので、初めて聴く人にとっては、知らない曲を弾き語りで5時間聴くのは苦行でしかないので、やめたほうがいいです」と言って(笑)。「できれば21日のほうに来てください」と言いました(笑)。18日のライブは初心者にはかなりハードルが高いライブになると思います(笑)。逆に言うと、ずっと聴いてる人にとっては、最高にたまらないライブになるっていうことですね(笑)。
―― 21日はバンディッツとマイファニが出演します。そして岡崎善郎さん、高橋浩司さんという元PEALOUTの2人もラインナップされています。
この日に関しては、まわりから「昔の曲をやったほうがいい」って散々言われたんですけど、「今の自分を見てほしいから、そんなのやらないよ」と言っていたんです。ソロとバンディッツとマイファニの曲だけでやろうと決めていたんです。なんだけど、いろんな人に説得されて(笑)、いろいろ言われているうちに「やっぱりそうかあ、こういう集大成のようなイベントをやるのは今回が最後かもしれないしなあ」みたいに思ってきて。
―― それで岡崎さんと高橋さんが出ることになったんですか?
2人に関しては、一昨年の年末にkogasisというのをやったんですよ。
―― 近藤さん、古閑裕さん、岡崎さん、高橋さんの4人でオアシスのカバーをやったんですよね。
そういう企画は頑なに断ってきたんですけど、あのときは善郎もギターをずっと弾いていないし、こういう機会がないと弾かないだろうし、PEALOUTという括りではなく、3人で元気に音を出す姿をお客さんに見せるものいいかなあ、と思ったんですよね。というのも、チバ(ユウスケ)くんが亡くなったり、まわりでも病気とかいろいろあるから、「1回やっておこうかな」と思って。それが意外に楽しかったんですけど、「もう来年はやらないからね。これが最後だから」と言ってたんですけど、還暦ライブをやるにあたって「もう1回やってもいいかな」と思うようになったんです。
―― kogasisではPEALOUTの曲もやったんですか?
そのときは、古閑さんに「最後、3人でやっていいですか?」とお願いして、アンコールで「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「C.M.C.」、それから「QUEST」というPEALOUTの曲をやったんですよ。「3人でやるのはこれで最後かな」と思ったんだけど、「あのときはPEALOUTの曲を1曲しかやらなかったから、3人でちゃんとやるのもいいかなあ」と思ったんですよね。60歳って、そういう年頃なんですね、やっぱりね(笑)。「あと何年できるのかな?」って、けっこう切実になってきているじゃないですか。「いつまでこうやって元気にやれるんだろう?」みたいな。もしこういうイベントを次にやるにしても10年後だと思うので、そうすると70歳でしょ。そうなると俺もやれているかどうかわからないし、みんなが揃うかどうかもわからない。「3人で元気にやれるのは今しかないのかなあ」と思って、「3人でやろう!」って、年末に善郎に連絡したんです。
―― 岡崎さんは快諾したわけですね。
「ちょっと考えさせてくれ」って言われたんですよ(笑)。
―― え、そうなんですか(笑)。
いつも「3人でやりたい」とは言っているんですけど、いざやるとなると、やっぱり1年間、ギターを弾いていないわけだから「考えさせてくれ」と言われて。「1月末までに返事をするから」と。で、1月末に連絡が来て「やろうかな」ということになって。最初は「体力的なものもあるから3曲くらいかな」と言うから、「全然、それでいいよ。kogasisでやった3曲とプラス1曲くらいでいいよ」という話をしたんですけど、そのあと、連絡が来たときには「セットリストを考えたんだけど」みたいな(笑)。「あれとあれとあれと〜、アンコールは……」って(笑)。
―― はははははは。
「いや、アンコールはやらないから」みたいな(笑)。「マイファニもバンディッツもアンコールはやらないから」と言って。それから「俺の還暦イベントなんで曲は俺に決めさせて〜」と(笑)。今は俺がセットリストを考える方向で進めてはいるんですけどね(笑)。
―― それにしても近藤さん発信でPEALOUTをやるというのは驚いているファンも大勢いるんじゃないですか?
ただ、これは再結成ではないんです。そこは自分のなかですごくこだわりがあって。今回は「3人で集まって音を出す」ということなんですよ。だから告知も一切PEALOUTという名前は使っていないんです。「岡崎と高橋が来る」ということにしたんです。バンディッツとマイファニは告知するけど、2人は名前だけにして、PEALOUTという名前は使いたくなかったんです。再結成はしたくないんですよ。演奏するのはPEALOUTの曲なんですけど(笑)。
―― PEALOUT解散後、近藤さんはPEALOUTの曲は演奏していないんですか?
三軒茶屋のグレープフルーツムーンで弾き語りをずっとやっていたんですけど、その最終回が2011年の東日本大震災の月末だったんですよ。そのときのアンコールで10数曲、PEALOUTの曲を演奏しましたね。そのときくらいですかね。普段は全然歌ってないです。
―― ソロでもビートルズの曲を演奏するポール・マッカートニーみたいな境地ではないんですね。
まだそこまで行ってないですね。というのも、PEALOUTの解散の原因が俺にあったというのも大きいんですよ。2人はまだやりたかったのに、俺が辞めたいと言って辞めたので。だから、辞めたいと言っておいて、自分のライブで歌うというのは、なんかね。。当時、すごく説得されたんだけど、頑なに断って。そしたら「近藤くんがいなくなるんだったら解散だね」ということになって。解散を発表したあとはライブもやりたくなかったんだけど、2人に「ラストツアーをしたい」「近藤くんが辞めるのを自分たちはのむから、そのかわりラストツアーはやって欲しい」と言われて。それで「いいよ」と言って、解散を発表してラストツアーをやって、最後にフジロックでやったんですよ。それが結果的に「やってよかったなあ」と心から思って。そこは2人に本当に感謝をしているんですよね。そうやって美しく解散できたから、余計に再結成はしたくないんですよ。「あのときを超えるライブはもうできないだろうなあ」というのもあるんですよね。
―― そういう思いがあるんですね。その還暦イベントが終わったあと弾き語りのツアーがあるんですよね。
4月からのツアーはひとりでやるんですけど、これはもう完全に還暦モードで、今までの自分を総括するようなライブをやります。そのツアーが終わったあとに、純粋なレコ発ライブというのをバンディッツで7月3日に下北沢CLUB251でやります。3月21日のバンディッツとのライブは俺の還暦がメインになっちゃうんで。
―― このまま今年は駆け抜ける感じなんですか?
このアルバムを作って、自分の作ったものに元気をもらうというか、1年前よりも元気なんですよ。「いろんなことをやろうかな?」という気持ちになっていて。昔からそうなんですけど「このアルバムが完成するまでは何があっても死ねない」と思って作るんですね。完成するとほっとするんですけど。そのまた次の曲ができちゃうと、またその曲をリリースするまでは頑張ろう、みたいなモードになるんですよね。今回のアルバムに入れていない曲もまだいっぱいあるから、それを次の弾き語りアルバムでやりたいなあ、と思っていて、今はそれを考えるのが楽しみですね。ゲストを入れてやろうかな、とか、そういうことを考えていて。そうなるとそれを出すまでは死ねないなあ、と(笑)。「最後のアルバムになっても悔いはない」と言いつつ、「次のアルバムを作りたい!」と思っているという(笑)。
© 2026 DONUT
LIVE INFORMATION

“Bitter Sweet 60 Blues”
〜 近藤智洋・還暦感謝祭 / アコースティック編 〜
日時:2026年3月18日水曜日 17:00開演
会場:三軒茶屋 GrapeFuitMoon
料金:前売り¥6,000/当日¥6,500(各チケット別途ドリンク代必要)
チケット: https://tiget.net/events/443827
配信チケット:https://premier.twitcasting.tv/c:grapefruitmoon_/shopcart/422094
“Bitter Sweet 60 Blues”
〜 近藤智洋・還暦感謝祭 / エレクトリック編 〜
日時:2026年3月21日土曜日 19:00開演
会場:下北沢 CLUB Que
出演:近藤智洋/近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション/my funny hitchhiker/岡崎善郎・高橋浩司
料金:前売り¥6,000/当日¥6,500(小学生以下は無料/各チケット別途ドリンク代必要)
LivePocket: https://livepocket.jp/e/que20260321
イープラス:https://eplus.jp/sf/detail/4438510001-P0030001
配信チケット:https://www.danke-v.com/videos/623

RELEASE INFORMATION

AL『友だちの歌』
2026 年3月18日リリース
収録曲:01.家族/02.彼女は魔法使い/03.風は海から/04.泡の歌(OUR SONG)/05.友だちの歌/06.ある夜の話/07.ラスカル/08.Power of Dreams/09.カレーライス/10.ななみちゃんの唄/11.この夜に/12.ケセラセラ





