
『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』
監督:モーガン・ネヴィル
編集:アラン・ロウ
キャスト:ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニー、メアリー・マッカートニー、ステラ・マッカートニー、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ザ・ビートルズ、デニー・レイン、デニー・セイウェル、スティーブ・ホリー、ローレンス・ジュバー、ウイングス、ショーン・オノ・レノン、ミック・ジャガー、クリッシー・ハインド 他(アーカイヴ・フッテージ含む)
2026年2月19日(木)1日限定上映(劇場公開版のみポール・マッカートニーとモーガン・ネヴィルのインタビュー映像のフッテージ上映あり/来場者特典としてポストカードをプレゼント)
*2026年2月22日(日)TOHOシネマズ シャンテにて1回限りのアンコール上映が決定しました
日本公開劇場:https://www.culture-ville.jp/manontherun
2026年2月27日(金)よりAmazon プライムにて配信
© 2026 WINGS MUSIC LIMITED.
ビートルズの幻影と闘った10年の記録
TEXT=森内 淳

2026.02.16 upload
『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』はザ・ビートルズが終焉を迎えようとする頃からウイングスが解散するまでのおよそ10年間のポール・マッカートニーの活動を描いたドキュメンタリー。今までのそれと違うのはプライベートな映像や親密なインタビューを交えながら構成されているところだ。ステラ・マッカートニーやメアリー・マッカートニーといった娘たちから見たポールの話、当時のリンダのインタビュー、さらにはミック・ジャガーやショーン・オノ・レノンの話も交えながら、当時のポールの作品や行動を検証していく。ただし現在のポールも含め、録りおろしのインタビューは声のみ。映像は基本的には当時のものが使用してある。
誰かの本や動画ですでに知っている事実も多く取り上げられているが、この作品の特徴はポールの視点から、もっと言えば、ポールの内面を通して、それらが語られているところだ。とくにビートルズ解散にまつわる話や、ジョン・レノンの作品とは正反対の性格を持つソロアルバムを作るに至った経緯、ウイングス結成のくだりは、当時のポールの気持ちや行動の理由がよりわかりやすく描かれている。もうひとつの特徴は家族と一緒にいるシーンが多いことだ。この頃のポールの精神の支柱がリンダであり、子どもたちだったことがわかる。同時に、自ら作り出す音楽もポールを支えてきたことがわかる。「ぼくはワーカホリックではなくプレイホリックだ」という発言がそれを示している。ポールはいつでも曲を作り、演奏し続けてきた。クリエイターを救うのはクリエイターが創り出す作品以外にない、と思っているが、まさにポールがそれを証明している。

個人的に感銘したのは、ポールが「いろんなタイプの曲を書いてきたが、それぞれに自分が投影されている」と語ったシーンだ。昨今のAIブームに乗っかってしたり顔で「音楽も文学も絵画もAIにとって替えられる」という人が増えた。アートは、クリエイターと受け手との意思疎通によって成立する。アーティスト自身の心の奥底にある感情や思想や考えや思いが投影されていないAI製のクリエイティブを、音楽や文学や絵画と同列に語ってはいけない。「悲しいことがあったので悲しい絵を描いてくれ」と命令して出来上がったAI製の絵にその人が抱えた本当の悲しさは1%も含まれていないからだ。1970年代のポールが語った「全部の曲に自分が投影されている」。それがアートのすべてだ。
ぼくがビートルズを聴くようになった頃、ちょうどウイングスが全盛期だった。1975年に『ヴィーナス・アンド・マース』、1976年に『スピード・オブ・サウンド』、同年暮にはウイングスの全米ツアーを収録した3枚組のライブアルバム『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』(当時の邦題は『ウイングス U.S.A. ライヴ!!』)をリリース。ぼくはこのライブアルバムを擦り切れるほど聴いた。1978年の『ロンドン・タウン』、同年11月に出たベスト盤『ウイングス・グレイテスト・ヒッツ』も愛聴盤だ。1979年に『バック・トゥ・ジ・エッグ』がリリースされ、1980年、いよいよウイングスが日本にやって来ることになったのだが……その後の顛末は割愛するが、今回、このドキュメンタリーで、実は当時のウイングスは解散状態で、来日公演のリハーサルも全く上手くいっていなかったことが、ポールの口から直接あかされた。実現していれば来日公演が最後のウイングスのツアーになったかもしれないし、もしもライブで何らかの手応えを感じたならば、ウイングスは息を吹き返したかもしれない。どちらにしろ、あのいわくつきの来日がポールの音楽人生の転機になったのは間違いない。

ポールは日本から帰国後すぐにソロアルバムに着手する。ソロ作品『マッカートニーⅡ』がリリースされたのが1980年5月。同年暮にはジョン・レノンが射殺されるという事件が起こる。当時、事件を受けてインタビューに応えるポールの態度に批判が集まった。そのときのポールの心情をショーンがフォローするシーンもすごくよかった。ショーンは他にも、世間から酷評された『マッカートニー』をジョンが擦り切れるほど聴いていたというエピソードを披露している。ビートルズの解散時の話など、どうしても当時のポールの行動や発言を擁護するような内容にはなっている。しかしそこから見えてくる事実もある。それを受けてどう思うかは受け手の判断に委ねられるが、決してポールは突拍子もない行動に出たとは思えない。
ビートルズの8年間がいかに激動の日々だったかは、『アンソロジー』やいろんなドキュメンタリーを通して語られてきた。今回のドキュメンタリーを見ると、ビートルズ終焉の渦中からウイングス終焉までの10年間もいろんなことがあったことがわかる。ウイングスが全盛期の頃には、ビートルズの再評価が起こり、ウイングスのステージにメンバーが登場することを期待されたりもした。新たなフェーズに突入しようが、ポールにはビートルズがつきまとう。ポールの10年間は「ビートルズの幻影との闘い」でもあったのだ。それを乗り越えた(あるいは受け入れた)ポールは、その後、ソロアーティストとして数々の名盤を残しながら、83歳になった今もステージに立ち続けている。スタジアムには満員の観客が押し寄せ、ポールが自分を投影したという数々の楽曲に熱狂している。ポールは年相応なリサイタルのようなライブをやっているわけではない。昔も今もポールがやっているのはロックンロールなのだ。
『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』は2026年2月19日に一夜限定で日本を含む全世界の劇場で公開される(2月22日 TOHOシネマズ シャンテにて1回限りのアンコール上映が決定)。27日にはアマゾンプライムで配信が始まり、同日、この作品のサントラ盤がリリースされる。
© 2026 DONUT
RELEASE INFORMATION

ポール・マッカートニー 『マン・オン・ザ・ラン』 オリジナル・サウンドトラック
2026年2月27日リリース
収録曲:01. 心のラヴ・ソング(デモ)/
02. きっと何かが待っている/
03. ロング・ヘアード・レディ/
04. トゥー・メニー・ピープル/
05. ビッグ・バーン・ベッド/
06. ガッタ・シング・ガッタ・ダンス/
07. 007死ぬのは奴らだ(ロックショウ)/
08. バンド・オン・ザ・ラン/
09. アロウ・スルー・ミー(ラフ・ミックス)/
10. マル・オブ・キンタイア(夢の旅人)/
11. カミング・アップ/
12. レット・ミー・ロール・イット






