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2022.08.09 upload

フジロック1日体験記
「FUJI ROCK FESTIVAL '22」
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日)
新潟県湯沢町苗場スキー場

●文=森内淳



2022年7月29日(金)30日(土)31日(日)の3日間、「FUJI ROCK FESTIVAL'22」が新潟県・苗場スキー場で行われた。WEB DONUTでは「超直前! フジロックが始まる」と題して、編集長の秋元が特集記事を書いた。そのテキストは「さまざまな事情が重なり今年も行けずじまいか……と思っていたところ1日なら行けそうと思い立ち、土曜日に行くことに決めた。これまでさんざん1日でもいいから参加してみてほしい、と過去の記事で書いてきた筆者が、初の1日参加を体験してみようと思う」という言葉で締められていた。この流れで秋元による「フジロック1日体験ルポ」をアップロードする予定だった。ところが出発直前に発熱してしまい、フジロックに参加できなくなった。そこで代わりにぼくが1日体験記を書くことになった。ぼくは今年も3日間フジロックに参加したので、1日参加に付きものの、早朝の新幹線に乗ったり、シャトルバスの列に並んだり、といった臨場感をお伝えすることはできないが、ぼくなりの土曜日の行動を記していこうと思う。

今年のフジロックの参加者は前夜祭を入れて6万9千人との公式発表があった。いつもの年ならおよそ10万人が訪れることを考えると、まだまだコロナの影響は色濃い。参加アーティストもコロナ前よりは少なく、海外アーティストの割合も少なかった。本来の姿を取り戻す一歩手前な感じは否めなかったが、会場に来てみれば、フジロックはフジロックであり、苗場の自然環境と音楽のマッチングはどう転んでも最高だし、会場にいるだけで楽しかった。極端な話、ライブをひとつも見ないで草の上でゴロゴロしたり、場内をうろついただけでも「最高のフェス」といえるのがフジロックだ。それを再認識した。

土曜日は10時半頃に会場に入った。まずはiPhoneでエントランス周りやキャンプエリアの写真を撮ってまわった。一通り撮影を終え、レッドマーキーの前を通ったら、The fin.がライブをやっていた。ドリームポップをアンビエントでチルな解釈で表現した演奏に思わず足を止めた。いい音楽に偶然出会うのもフェスの醍醐味だ。お隣の苗場食堂(ステージ)に移動。今年のROOKIE A GO-GOはこの苗場食堂で行われる。ROOKIE A GO-GOとは新人アーティストの登竜門のようなもの。審査を勝ち抜いたアーティストだけが出場できる。さらにルーキーで観客の支持を一番集めたアーティストは来年のフジロックへの出場権を獲得できる。今日はここにDONUT(本誌)で連載をやってもらっているTHEティバが出場する。彼女たちにとって記念すべき初めてのフジロックのステージでもある。



そのTHEティバの前に登場したのが鋭児だ。バンドへの期待度も高く、始まる前からたくさんのお客さんが詰めかけていた。The fin.と同じく鋭児のライブを見るのは初めてだ。切れのあるソウルが得意のバンドかと思いきや、速い曲は怒涛のロックンロールで圧倒。会場を大いに盛り上げた。1時間ほどのインターバルを置いて(その間、木陰でひたすらぼーっとしていた)、次に登場したのがTHEティバだ。1stフルアルバム『ON THIS PLANET』は90年代から現代までのオルタナティブ・ロックの要素を詰め込んだ作品だ。このアルバムをリリースした以降の彼女たちのライブは、見る度に演奏と表現の精度が高まっている。作品がライブに影響しライブが次の作品に影響するという好循環のなかに、今、彼女たちはいる。ティバは、カナダのインディーズバンドにリスペクトを込めて、カナダのバンドと自称し、英詞で歌っている。最初は洒落だと思っていたが、今やその架空の設定に限りなく近づいているように見える。この日、初めてのフジロックのステージに現れたTHEティバの演奏も実に堂々たるものだった。短い時間ではあったけれど、洋楽ファンにも確実に刺さったと思う。ぼくの近くにいた人が「カナダのバンドらしいよ」といっていた。MCも英語だったしね。

ティバが終わった瞬間に、即、ジプシーアヴァロンへ移動。本来ならホワイトステージのSHERBETSの模様をレポートしたいところだが、そうはいかない。なぜならぼくが毎年フジロックに来ている一番目の目的は、ジプシーアヴァロンのアトミックカフェのステージを手伝うことと、そのレポートを書くことだからだ。運が悪いことに、アトミックカフェとSHERBETSの時間がかぶってしまったのだ。これもまたフェスのあるあるだ。今夜はFOALSとアーロ・パークスとジャック・ホワイトとコーネリアスの時間が少しずつ重なっていて、多くの人がどれを見ようか、どうやって移動しようか、と頭を悩ませていた。そこでどう行動するかをああでもないこうでもない、と考えるのもフェスの楽しみのひとつでもある。



金曜日のアトミックカフェのステージに出ていただいたORANGE RANGEがプレイしているグリーンステージを横切り、キッズランドを右手に見ながら歩いていくと、ところ天国とホワイトステージをつなぐ橋にさしかかる。その橋を渡って、ホワイトステージ手前の木道に入る。この木道はフィールド・オブ・ヘヴンとオレンジコートへの近道だ。オレンジコートの奥にあるのがジプシーアヴァロンだ。ここにはNGOビレッジが併設されていて、今年も環境問題やウクライナ人道支援や原発問題など、社会問題に取り組んでいる団体のブースが展示をやっていた。アトミックカフェも例年、原子力資料情報室と共にブースを開設。今年は、アトミックカフェのメンバーの1人で、幡ヶ谷再生大学でも活動している木村ゆかりさんが今年5 月にウクライナを訪問したときの写真を展示した。

アトミックカフェがプロデュースしているステージでは、毎年、社会問題にコミットしたトークとミュージシャンのライブの2部制で行われている。土曜日は、トークライブに、津田大介さん(MC)、いとうせいこうさん、ジョー横溝さん、45万部のベストセラー『人新生の「資本論」』の著者であり哲学者の斎藤幸平さんが登壇。気候変動、エネルギー不足で原発に頼ろうとする日本の危うさなどについてトークを展開した。ライブは「いとうせいこう is the poet with 満島ひかり」がダブ・ナンバーの他に、UAの「情熱」をカバーしたりと会場を大いに盛り上げた。ステージのPAをやっているのがDub Master Xさんということもあって、バンドが繰り出すダブサウンドも深く重たく鳴り響いた。会場はトークのときから超満員(ありがとうございます!)。今年のジプシーアヴァロンの全てのプログラムのなかで一番の集客を記録したのではないだろうか。



ジプシーアヴァロンからフィールド・オブ・ヘヴンを横切って、ホワイトステージへ。スネイル・メイルのライブを見た。ボルチモア出身のシンガーソングライターで現在23歳。USインディーの大本命といわれているアーティストだ。ぼくはアルバムジャケットでしか彼女の姿を見たことがなかったので、ステージに現れた彼女の姿を見て驚いた。小さくて可愛らしい女の子といった佇まいなのだ。やさぐれた雰囲気すらまとったアーティスト写真とはまるで違った印象だ。「え、彼女がスネイル・メイルなの?」と一瞬、戸惑ってしまった。彼女は「LIVE FOREVER」と書かれたオアシスのTシャツを着て、次々にオルタナティブ・ロックを繰り出した。まるで彼女の日常とステージが地続きになっているようだった。その日常感が彼女の音楽をよりリアルに響かせていた。彼女のライブを見ていると、自分がサーチライト・ピクチャーズ製の映画の一場面のなかにいるような気分になった。



ホワイトステージの右側に入っていく木道を通るとグリーンステージの手前に出ることができる。次に見たのがグリーンステージのFOALSだ。この日はFOALSのTシャツを着た来場者をやたらと目にした。最初は予定に入っていなかったけれど、そうなると少しでもいいからライブを見よう、と思うのは人間の性というものだ。FOALSのライブを見るのも初めてだった(今日はTHEティバとジャック・ホワイト以外は初見だ)。最初は、AORとダンスミュージックを融合したようなライブだな、と思って見ていたが、途中から、彼らが繰り出すダンス・ビートにどんどんハマっていくのがわかった。『ベストヒットUSA』でMCの小林克也さんが彼らの新作を「アグレッシブになった」と評していたのが頷けた。FOALSのダンス・ビートは広大なグリーンステージをあっという間に包み込んでしまった。それと同時に、ぼくのなかで「最後まで見たい」という気持ちがどんどん膨らんでいった。が、その気持ちを断ち切って、ぼくはレッドマーキーへ向かった。



フジロックの出演アーティストが発表されたときから、何がなんでもアーロ・パークスだけは見ようと決めていた。アーロ・パークスとの出会いは2020年の10月だ。AppleMUSICのラジオ「MUSIC1」で「Hurt」を聴いた瞬間、一発で気に入った。すぐに2020年11月のプレイリストに入れて、WEB DONUTで紹介した。2021年1月の終わりにファーストアルバム『Collapsed in Sunbeams』がリリースされると知ったときには、すぐにアナログ盤を予約した。こうなると何がなんでもライブを見たい、となるのは当然のこと。ところが、だ。YouTubeでグラストンベリーでのライブを見たときに「うん?」と思った。随分、ボーカルが弱いんだな、と思ったのだ。レコードは最高だったけど、ライブはイマイチなのかもな、という考えがよぎった。それを踏まえると、FOALSを最後まで見た方がいいのでは、とも思った。少しだけ迷いが生じた。それでもFOALSを途中で切り上げたのは、FOALSには個人的な物語はないけれど、アーロ・パークスには2020年の秋から始まった物語があるからだ。やはりそこは大きかった。自分とアーロ・パークスの物語をきちんと紡ごうと思った。そして開演の40分前にレッドマーキーに入り、PAブースの後ろを陣取った。

果たしてフジロックのベストアクトはアーロ・パークスに尽きる。いやもしかしたら今年のベストアクトといってもいいかもしれない。本当に素晴らしいライブだった。ひまわりと桜の木をアレンジしたステージ。後ろのスクリーンに映し出される映像。何もかもが美しかった。歌が弱いのではないことが1曲目でわかった。歌が強くては駄目なのだ。歌の力で圧倒するのではなく、できる限り繊細なタッチで歌うことで、歌と演奏を融合させ、楽曲が持つたおやかな世界観を表現していたのだ。それは。彼女とバンドに課せられた課題だったのだ。YouTube越しではそれがわからなかった。というよりも青空の下ではそれが伝わりづらかった。レッドマーキーのような屋内のステージだからこそ、生きるライブだったのだ。同時に、彼女は躍動感のあるパフォーマンスで生=LIVEを表現していた。美術館で素晴らしいアートを前にして呆然と佇んでいるような気分になった。ぼくは心のなかでずっと泣いていた。彼女のライブは優しい光に包まれているようにも思えた。そうなると当然、会場は爆上がりだ。その盛り上がりを受けて彼女もバンドもどんどん高みへと昇っていった。ぼくは、この空間にずっといたい、と思った。このコンサートがずっと終わらないでほしい、と思った。2020年の秋から始まった物語の結末は予想以上だった。いや、物語はまだ始まったばかりだ。彼女のパフォーマンスを見ていると、音楽が無限の可能性を秘めていることがわかる。むしろアーロ・パークスのこれからが楽しみだ。



アーロ・パークスで今年のフジロックは終わりだ、と思いながら、グリーンステージへ。ステージに現れたジャック・ホワイトのギター1発でアドレナリンが大爆発。下手PA前で踊り狂う者たちの輪に入るぼくがいて驚いた。アーロ・パークスで世界一のシャレオツ爺になったつもりが、あっという間にロックンロール小僧に引き戻されてしまった。今までフジロックで見たジャック・ホワイトはどこかスタイリッシュなアイデアを取り入れていたけれど、今夜、目の前にいるジャック・ホワイトはただただギターを弾きたい男と化していた。ギターへの情熱がステージを凄まじいものに変えていた。そこへダル・ジョーンズのすごいドラミングがさらなる燃料を投入。ジャック・ホワイトのロックは凄まじい勢いでロールしていた。下手からはスクリーンでしかダル・ジョーンズの姿が見えなかったので、10分くらいかけてグリーンステージを横断。後半は上手PA前からブンブンと身体を震わすロックンロールの振動と共にしっかりと彼らのパフォーマンスを目と耳に焼き付けた。アンコールの最後は「Seven Nation Army」で大団円。グリーンステージにはロックンロールが一番似合う、というのが本日の結論だ。

以上がぼくの土曜日の行動の全てだ。フジロックは毎年、驚きと発見の連続だ。頭のなかにある音楽の知識は実にちっぽけで小さなものだということを痛感する。フェスに行って音を浴びて初めて知る気持ち・感情が新たな視座や想像力を創出する。フェスとはそういう場であり、とくにフジロックは自然環境も含めて、新発見につながるものがそこかしこにある。


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