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中野ミホのコラム「まほうの映画館2」

中野ミホ(Singer/Songwriter)のコラム「まほうの映画館2」
中野ミホが最新作から過去の名作まで映画を紹介します。
●プロフィール:中野ミホ/北海道札幌市生まれ。2009年に結成したバンド「Drop’s」のボーカルとして活動し、5枚のフルアルバム、4枚のミニアルバムをリリース。2021年10月にDrop’sの活動を休止後、現在はシンガー、ソングライターとして活動。ギター弾き語り、ベースを弾きながらのサポートピアノとのデュオ編成やドラムを加えてのトリオ編成など、様々な形態で積極的にライブ活動を行なっている。
●公式サイト:https://nakanomiho.tumblr.com
●中野ミホYouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCjvQfnXVg6hTd8C8D6PSQGQ


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第24回「マイナーキーで人生を歌おう。アネット」

2022.04.07 upload

『アネット』 (2021年:仏・独・ベルギー・日・共同製作)
原題:Annette
監督:レオス・カラックス
原案・音楽:スパークス
歌詞:ロン・メイル、ラッセル・メイル & LC
キャスト:アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバーグ ほか
公式サイト:https://annette-film.com
全国順次公開中


みなさんこんにちは。
もう4月ですねー。10年くらい新年度とかとは縁のない生活を送っていますが……。
それでもやっぱり新しい季節って感じがします。
まだ寒い日も多いですがみなさんいかがお過ごしですか?

今月はこれまた観たい新作が多いー。
ずっと楽しみにしていたこちらを公開初日に観に行ってきました。

『アネット』(『Annette』)
2021年、フランス・ドイツ・ベルギー・日本合作の作品。
監督はレオス・カラックス。出演はアダム・ドライバー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバーグなど。
原案と音楽はスパークス!

舞台はロサンゼルス。
攻撃的なユーモアで人気を博すスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)と、国際的に有名なオペラ歌手のスターであるアン(マリオン・コティヤール)。
二人は恋に落ち結婚、世間からは「美女と野人」とはやされ注目の的となります。
ですが二人の間に娘のアネットが生まれたことで、彼らの人生は少しずつ狂い始めます。
物語のほぼ全てが歌で語られる、カラックス監督の前代未聞のミュージカル(?)作品です。

ひー。これとんでもなかったです。
初めに言うと実はレオス・カラックス監督の作品は、その独特さ&毎回出ているドニ・ラヴァンの顔がなんだか絶妙に怖くて(ひどい)ちょっと苦手だったのですが……今作を観てそんなのは吹き飛びました!
正直アダム・ドライバー観たさもかなりの比重でしたが、それも満たされるどころか色々ともう飛び超えてきました……。

冒頭、「ただ今より映画を始めます。(略)息すらも止めて、ご覧ください。では、ここで最後の深呼吸をどうぞ。」という言葉に思わず深呼吸。
これから私たちに用意されている世界は一体どんなものなんだろう、と急激にドキドキ。

そしてスタジオのシーン、1,2,3,4でスパークスが演奏を始めたと思ったら、たちまち監督たちとともに部屋から出ていく。
そこにアダムとマリオンが腕を組んで階段を降りてきて加わり、夜の街へと歩き始める。
この最初のシーンがもう最高すぎました。
画面が、映画が自分の前にばーっと開けていくような久しぶりの感覚に涙が出そうになりました。

全編、セリフはほとんど歌によって構成されていて、ミュージカルのような形なんだけど、形式なんかはもうどうでもよくなります。
とにかく自由、まばたきも、それこそ呼吸も忘れるほどの目まぐるしさ。素晴らしいです。

アダム・ドライバーの少し鼻にかかったような歌声、『マリッジ・ストーリー』でも披露していて大好きなのですが、今作はずっと歌っているのだからすごいです。
個人的に彼は不器用で優しい感じの役が多いイメージなのだけど、今回のこの、大きな体をめいっぱい使った野生味ある役もすごくハマっていたなぁ。
アダムであることも早々に忘れ、どんどんヘンリーの闇にはまっていくような感じでした。
今まで見たことないような狂気の演技に鳥肌。
スタンダップ・コメディアンであるヘンリーのステージは過激で熱っぽく、危険なにおいがただよっています。
マイクをぶん回したり、スレスレのジョークを吐いたり。
人気絶頂の頃は怖いものなしだったけれど、アネットが生まれてから不安定になっていきます。

一方のアンはオペラのスター。毎晩、役柄で死を演じます。
深い森をさまよい、喝采を浴びながらも、とても悲しそうな表情。
部屋で煙草を吸いながら歌うシーンはとても印象に残ってるなぁ。
全体的に彼女の周りはどこかクラシカルで、1920年代みたいな雰囲気もあってすごく美しいです。
衣装どれも似合っていて最高に素敵。

二人ともステージ上で一人自分をさらけ出し、そこには常に「死」のにおいがただよっている。
でもお互いに深く愛し合っていて、破壊的でありながらもギリギリのバランスを保って支え合っていたんだと思う。
ヘンリーが緑のジャケットを着てバイクでアンを迎えに行き、フェイスガードを上げてキスするシーンは思わずうっとり。完璧すぎます。
ほぼ唯一の昼?のあたたかな自然の中を歩くシーンもよかったなぁ。

ですが二人の間に娘のアネット(人形が演じています)が生まれたことにより、何かが少しずつ変わっていきます。
やっぱりこのアネット人形の登場から明らかに空気が異質なものになっていったなぁ。だって人形だし……。
誰もが心の奥底でゾッとしてしまうような、ひんやりした悪夢の香りが濃くなっていきます。

愛し合っていたはずなのに、子供が生まれたり、お互いの仕事に差が出てきたりしてすれ違っていくというのはわりとよくあることで、それが普通にわかりやすいのもなんかシュール。
ただとにかくその描き方が独特。笑
笑い、怒り、愛、憎しみ、怖れ、全てが流れる旋律になって、止まることなくぐいぐいと観客を引き込んでいきます。
時々訪れるユーモアももう笑っていいのかなんなのかわからない。
とにかく明らかにおかしいし、何が夢で何が現実なのかわからないんだけど、音楽とともにどんどん加速していきます。

色もすごくよかったなぁ。
緑色が特に印象的だったけど、アンのまとう赤や黄色もとても美しいです。

ラスト、胸を締め付けられるようなヘンリーの表情がつき刺さる。
でもエンドロールで少し救われます。最後まで観てほしい!
終わった後も立ち上がりたくなくて、ずっと余韻に浸っていたかったな。
これぞ映画であり、もはや映画を超えてるような。
誰もが心の底にもっている悪夢みたいなもの、そして愛と憎しみがポップに、過激に、何よりも美しく広がっていくあっという間の140分。
なんて贅沢なんだろうとため息が出ました。めちゃくちゃ興奮でした!

これはもう観るなら映画館で観ることをはげしくお勧めします。
観賞後はサウンドトラックもお忘れなくです!

というわけで、衝撃の4月の幕開けでした。笑
もう一回観たいなー。ではまたね。

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