2024.11.01 upload
浅田信一 『ENDS AND BEGINS』 インタビュー
アルバムではブレーキをかけずに歌いました。「エモい」と言われたら、もうしょうがないなという―― 浅田信一
浅田信一が5年ぶりのニューアルバム『ENDS AND BEGINS』を2024年11月2日にリリースする。55歳になった浅田信一は老いを意識しているようだが、この作品にはそういった要素は感じられない。内省的な曲もあるが、逆に軽いポップスも幅を利かせている。彼が今まで積んできた音楽体験を自在にあやつり1枚の作品としてまとめた印象だ。年齢とともに創作範囲が狭まるどころかどんどん広がっている印象すらある。自身の年齢の捉え方に逆行するような作品の煌めきの謎を解き明かそうと、浅田信一にインタビューをした。
●取材=森内淳
■ 自分が経験してきたことをひとつのかたちにしてみたかった
―― ニューアルバム『ENDS AND BEGINS』は5年ぶりの作品です。
浅田信一 あっという間に5年が経ちました。フルアルバムは5年ぶりなんですけど、その間にEPを2作(「朝と夕」と「SONOHIKARI EP」)と、アコースティックのセルフカバーアルバム(「ASHES OF SONGS」)が1枚。それとそれこそ森内さんが「作りたければ作ればいいじゃん」って背中を押してくれたアンビエント作品が1枚あるんですよ。
―― 全編インストの『THE LANDSCAPES』ですよね。
浅田 あれは森内さんがぼくのライブを観に来てくれたときに終演後の楽屋で「新しいの出さないの?」っておっしゃられて、「アンビエント作品を作ってみたいんです」って答えたら「作ればいいじゃん」って。「いやでも需要がね」と答えたんですけど、「作りたいものは作ったほうがいいよ」と。それがきっかけになって作ったんです。
―― あの作品はすごくよかったですよね。たまに部屋で流しっぱなしにするんですけど、すごく気持ちいいですよね。
浅田 意外に好きだと言ってくれる人も多くて。『THE LANDSCAPES』は、それこそ曲作りから音作り、ミキシングやマスタリングまで全部自分でやっていて。その経験があったから今回初めて歌モノのアルバムでも入り口から出口まで全部を自分で作れたのかなと思うんですよ。だから『ENDS AND BEGINS』の布石のひとつにはなったのかなと。
―― 前作の『DREAMS』もほぼ一人で作ってましたよね?
浅田 録音はほぼ一人でやりましたけど、ミックスはサウンドバレイの宮本(耕三)くんやグルーブカウンシルの佐藤ヒロユキさんにお願いしました。マスタリングは当時バーニー・グランドマン・東京に所属していた山崎翼さんです。演奏はほぼ自分でやってるけど、曲によってはミュージシャンの友達に手伝ってもらったりとか。
―― 今回は演奏も歌もレコーディングもミックスもマスタリングまで、全部、浅田さんがやっているという。
浅田 『THE LANDSCAPES』の布石があって、次に(古市)コータローさんのアルバム(『Dance! Dance! Dance!』)をプロデュースさせてもらったときに、ぼくが打ち込みで作った曲はミックスまでやったんですよ。それをコータローさんをはじめ、スタッフやまわりの人もすごく喜んでくれたんですよね。それが自信に繋がってます。プロフェショナルなレコーディング現場でずっとやってきて耳も肥えたし、さまざまな局面でのノウハウも自分のなかに蓄積しているだろうし、ミックスまでやれるスキルが自然と身についたのかなと思ったんですよ。
―― 今回、マスタリングまでやっているんですよね。
浅田 マスタリング作業はリスナーの視点に近いところでやらないといけないから、ミュージシャンという部分からは一番かけ離れていると思うんですよ。ミュージシャンはどうしてもピンポイントで音を捉えがちだから。例えばベーシストだったらベースの音に耳がいくだろうし、ボーカリストだったら歌ばかりを聴いちゃう。そうじゃなくて全体をひとつの音像として捉えられるかどうかというところがマスタリングのポイントだと思うんです。その点、ぼくはいろんな現場でマスタリングに立ち会ってきてるから耳がそれを覚えている。そういった今までの経験から自分の作品も俯瞰で音を判断できるようになってる気がするんですよね。だから自分でやろうという気持ちになったんです。
―― 他人にやってもらうのと自分でやるのと違いはなんですか?
浅田 例えば誰かエンジニアにマスタリングを依頼しても満足できないことってあるんですよ。妥協が必要というと誤解が生じるかもしれないけど。それはミックスにしても同じです。自分の狙いはこうだったんだけど、結果、違う形になった、と。だけどここはエンジニアのセンスを信じて、これもありだな、という判断をすることもあるんです。今回は全てを自分の手でやりました。それが結果的に聴く人にとっていいかどうかは別として、自分にとっては最高に気持ちのよい音ができたと思ってます。
―― いくらでもやり直せるわけですからね。
浅田 ミックスにしてもマスタリングにしても何度もやり直しましたね。そこも一人でやっているからこそのいいところというか。例えば、昨日一度仕上げたミックスを、翌日、車で聴いたらもっとキックに迫力があるほうがよかったなとか、そう思ったときに、戻れるんですよ。時間に制約があるわけじゃないから納得がいくところまで追求できるんです。
―― ミックスからマスタリングまでできれば百人力ですね。
浅田 そこまで深く聴いてもらえると嬉しいんですけどね(笑)。
―― これからアルバムを量産できるなあ、と嬉しくなりました(笑)。
浅田 でも1枚のアルバムを一人で作る労力ってそれなりに大変なんですよ。孤独ですし。だけど一回それをやってみたかったんですよね。自分が今まで経験してきたことを詰め込んでひとつのかたちにしてみたかったので。それを具現化するのは今かなと思ったんですよ。
―― このアルバムを作るのにどれくらい時間がかかったんですか?
浅田 それこそ5年かけてやってきました。一番古いレコーディング曲は4年くらい前のものだし。いろんな仕事の合間に作ってきました。去年の末にコータローさんのアルバム制作が終わった時点で、5〜6曲くらいはたまっていましたね。
―― じゃフルアルバムを作ろうと思って作ったのではなくて、曲がたまったからそろそろまとめようという感じだったんですね。
浅田 はい、そうです。他にもライブを重ねながら、そのたびに作曲しては、ギターと歌だけで発表していた曲が数曲あったので、今年に入ってから書き下ろしたのは2〜3曲でした。
―― だからなのかもしれないですけど、けっこう曲調がバラエティに富んでますよね。
浅田 書いた時期が違うから、そういうふうに聴こえるのかな。
■ 俺は俺でしかないから好きなことをやりたいようにやる
―― 浅田さんはこのアルバムの資料に55歳という年齢を意識しているような文章を寄せています。
浅田 55歳になったら60代が具体的に見えてきたんですよ。60代といえば世間一般的には定年を迎える年齢なわけじゃないですか。今までの自分の暮らし方とはシフトチェンジが必要になってくるんじゃないかなと。それから、ぼくの母方の家系はみんな早死になんです。母が今年70半ばで亡くなったんだけど、それでも長生きしたほうで。みんな60代で亡くなってるんですよね。父親の家系がどうかわからないけど、50%は母のDNAを受け継いでいるんだから、早死にしてもおかしくないと。そうやって若い頃から考えていました。
―― それは楽曲にも影響しているんですか?
浅田 老いていく自分とどういうふうに向き合うか、というのはテーマの柱になっていると思います。
―― それは『ENDS AND BEGINS』というタイトルにも反映されているんですか?
浅田 今年母が亡くなったということが、人生のひとつの区切りなんじゃないかなと。母の死や自分の年齢がシニア世代に入ったこととか、最近、白髪やシワも増えてきたとか、ジョギングもつらくなってきたとか、体力の衰えを感じるようになって。自分の肉体とどういうふうに付き合っていくか、考えるんですよね。
―― ただ、このアルバムを聴くと、楽曲を作る感性は衰えてはいませんよね。
浅田 そこはむしろ、自分の心の移り変わりとか、自分をちゃんと見つめるということに関しては、より深く掘り下げられるようになっているような気がします。僕にとって歌詞を書くという作業は、日々どんなことを感じて、どう表現したいかっていうことがすごく大事なんです。書き方としてはそれが一番自然なんですよね。そこにアンテナをはって、歌にしたいことを捉えられるかどうかが重要です。
―― そのアンテナが捉えた浅田信一像はどういったものなんですか?
浅田 自分ではわからないけど、ひとつ言えるのは、これから人生の終盤を迎えていくひとりの男として、その佇まいをどういったスタンスで表現していくかというのは考えます。つまりそれは自分にとって未知のことなんです。老いや未知の部分に対する不安や決意が歌になっているような気がするんですよ。
―― 実は『ENDS AND BEGINS』を聴いて、そこが一番の違和感だったんですよ。浅田さんの言葉とは裏腹に、このアルバムから感じられる浅田信一像は老いていくどころかどんどん自由になって若返っていくとうか、どんどん才能が開放されていっているような印象があったんです。
浅田 嬉しいですね。それは多分どう見られるかを気にしなくなったのが大きいかもしれませんね。
―― それは感じました。
浅田 例えば歌唱のことでいうと、ロックミュージシャンってあまり歌っちゃいけないというのが自分のなかであって。例えばコブシじゃないけど……
―― 歌い込まないということですよね。
浅田 そうです、そうです。やっぱりロックでいたいというのがあったから、いつからか歌い込みすぎないように気をつけてきたんですよ。でも今回のアルバムでは、ブレーキをかけずに歌いました。それをネガティブな意味で「エモい」と言われたら、それはもうしょうがないなという。例えば、歌い方がクサいとかね。昔はそういうの意識せずに歌ってたんだけど、あるタイミングからセーブして、あまりエモくならないようにコントロールしてきたんです。でも今回はそれをやめました。そんな心境になったのも年齢のおかげだと思います。
―― 年齢を重ねることで、そういう境地に達したわけですね。
浅田 好きなことをやりたいようにやるというか。俺は俺でしかないし、今回は自分のなかで吹っ切れた感がすごく強いんですよ。
■ 内省的な曲を作ったから「雨男ジャーニー」も作れた
―― このアルバムでキーになる曲が「雨男ジャーニー」だと思います。浅田さん曰く「おふざけで作った曲」をポップソングまで昇華させてアルバムに収録したという。このフットワークの軽さがミュージシャンとしてひとつまた扉を開けたような印象がありました。
浅田 「雨男ジャーニー」は半分ふざけて書いたんだけど、アルバムの中でも特に好きな一曲になりましたね。なんかね、自分的にも「俺ってこういうの書けるんだ?」みたいな、サウンド面も含めてすごく新鮮だったんですよ。
―― この曲には、かっこつけてないかっこよさがあるんですよね。
浅田 そうなのかな。確かにかっこはつけてませんね。
―― 「雨男ジャーニー」から「リターンライダー」の、いい意味での軽さがたまらないんですよね。こういった曲を楽しんでいる様は「55歳の年相応」とは逆行しているような気がしました。ポール・マッカートニーがウイングスでいろんな曲を自由に操っていた頃に重ねてしまいました。
浅田 ジョン(・レノン)やポールに自分を重ねるのは気が引けるけど、このアルバムにはジョンの作品のように、内省的な気持ちを吐露するような作品が半分と、今、おっしゃられたようなライトな曲が半分のような気がしますね。「雨男ジャーニー」から「リターンライダー」の軽さを作れたのもやっぱり内省的なものを作ったからできる幅なんですよ。
―― なるほど。そういうことなんですね。だから「雨男ジャーニー」のような曲も書けたんですね。
浅田 このアルバムが、今、自分がやりたいことのすべてだと思うんです。自分がとことん楽しんで作ったアルバム。そういう吹っ切れ感はあるかもしれないですね。なんだけど、実はね、次のアルバムはバンドでやれたらいいなと思ってて。
―― いいですね。
浅田 それこそ楽しげな曲ばかりで1枚作れたらいいなと思うんです。もっと楽に、言葉遊びで1曲作っちゃうみたいな。そういう曲をスタジオに持っていって、バンドでバーッと合わせて「できた!」みたいなものを作ってみたいです。シンプルなロックンロールというか。
―― 同じバンドサウンドでも『Blue Moon Blue』とは違うタイプの作品になりそうですね。
浅田 そうですね。
―― そういった意味でもこのアルバムは『ENDS AND BEGINS』なんだと思います。そうなると年に1枚は……
浅田 アルバムですか?
―― 作ってほしいですね。
浅田 また発破かける(笑)。まあでも俺、発破かけてくれる人、いないんでね(笑)。その言葉をありがたく頂戴して頑張りますよ(笑)。
―― こんなアルバムが一人で作れるんだったら、もうガンガンできちゃうじゃないかと思ったんですよ(笑)。
浅田 また簡単そうに言いますね(笑)。
―― 5年は長かったですからね。
浅田 5年は長いですよね。5年ぶりに次作を出すとすると60歳ですよ。
―― 2年に一度は浅田さんのアルバムを聴きたいですね。
浅田 そう言ってもらえるうちは幸せですね。次はロックンロールアルバムだな。今回、一人で全部やったっていうのもコロナ禍で外に出なくなったじゃないですか。その後もわりと外に出ないことに慣れちゃって、あまり飲みにも行かなくなっちゃったし。それもあって引きこもり気味になり、ずっと一人でコツコツ作ってたから、そろそろやっぱりなんか、こないだの(浜松でやった)バンドライブみたいに、みんなで集まってやるようなものを作りたいですね。
© 2024 DONUT
INFORMATION
『ENDS AND BEGINS』
2024年11月2日リリース
収録曲:01. Ends and Begins/
02. オン・ザ・ロード/
03. Fly High/
04. うんざり/
05. オールウェイズ/
06. 雨男ジャーニー/
07. リターンライダー/
08. 風と花のストーリー/
09. ライトヒア・ライトナウ/
10. 東京
※オンラインでの購入:https://www.asashin.net/webstore
LIVE
New Album 『ENDS AND BEGINS』 レコ発ライブ
2024年
11月02日(土)東京・GRAPEFRUITMOON<SOLD OUT>
11月23日(土)京都・紫明会館
Support Musician:岡野宏典
■ライブの詳細は諸事情により変更になる場合があります。必ず公式サイトやSNSで最新情報を確認してください。また上記以外のイベントの出演情報なども公式サイトやSNSでご確認ください。
公式サイト:https://www.asashin.net/live-info